隣松寺

五十三代淳和天皇の第三皇子、東山親王国長公が当地に配流され、承和10年薨去されて隣松院殿一位相国天竜大居士と号されたが、叔父仁明天皇がその追善のために当山を草創された。当初は天台宗であったが、明徳年間蓮蔵忠阿上人が浄土宗に改宗し開山となり今日に至る。
当寺は徳川氏との関係が深く、家康公三河一揆の際には敗戦のために当山に助けを求め、また隣地上野城を攻める時には本陣となし、鎮守である稲荷大明神に祈願し、戦勝を祝して玉松山を稲荷山と改めて、二十四歳の自己の木像を奉安されたのである。また松平四代親忠公の息超誉上人の時、松平家の守護仏として赤銅の阿弥陀仏・観音菩薩・八幡大菩薩の三尊仏が鋳造され、秘仏として授けられた。またさらに代々の将軍の朱印状10通が現存する。文化財としては、善導大師真筆の観経曼茶羅(宗宝)や徳川関係のもの数点がある。

寺院情報
寺院番号 21-224
山号 稲荷山
院号 迎接院
寺号 隣松寺
所在地 〒470-1203 愛知県豊田市幸町隣松寺126番地
TEL 0565-21-0062
FAX 0565-21-3863