極楽寺
第八皇子が草創した公室ゆかりのお寺

近代的なビルが立ち並ぶ中にも、加賀百万石の風情を味わうことができる街、金沢市。今月はここの古刹(こさつ)・極楽寺を紹介しよう。

寺は後醍醐天皇の第八皇子の明心仏眼法親王によって草創されている。親王は幼いころから仏道に興味を示し、8歳で出家。元徳2年(1330)には、比叡山で第百二十三代天台座主の地位にまでのぼりつめている。

しかし世は、南北朝時代。南朝の父・後醍醐天皇と北朝の足利尊氏の争いも激しく、尊氏に破れた天皇は吉野に逃れ、親王も座を追われる立場となった。
遠江・信州・越後・越中と転々と身を隠した親王だったが、越中で目竜上人という浄土宗の僧と出会い、浄土宗の教え、お念仏の教えを拝聴、感銘をうけたという。そして、親王は現在の地に極楽寺を開いた。「明心仏眼法親王の草創ですが、初代住職が入られたのは、その後二百二十余年を経た元和元年(1615)のことです。
慶長5年(1600)に富山城主の前田利常公が、金沢城に入城されることになられ、その後、利常公が深く帰依されていた暫誉(ざんよ)上人を召し寄せられ、由緒ある極楽寺の地に仏閣を造立することになったのです。暫誉上人は格式の高い紫衣(しえ)の勅許をたまわられ、加賀一国の中で浄土宗寺院の触頭(長)を務めたと伝えられています。そして極楽寺は総本山知恩院の直轄寺院となり、公室ゆかりの寺院として、本堂及び屋根瓦には菊のご紋がきらめいています」と魚津住職。
寺は一度火災にあったものの全焼をまぬがれたため数々の寺宝が残っている。「本尊は、丈六(じょうろく)の阿弥陀如来座像(約二・四メートル)で、多少修復したものの、創建当時の仏さまです。

また、本堂うしろの厨子に親王のご尊像を安置し、毎年お正月だけにご開帳申し上げ、尊顔を拝することになっています。
本堂前には朱塗りの欄干(らんかん=手すり)が設けられているのも皇子が創建された寺としての格式を表していると言われます。
また暫誉上人は城主に呼ばれて度々お城に行かれていたようです。その際、乗っていかれた籠(かご)がまだ本堂にありますよ」魚津住職は寺の護持、発展のほか、青少年や地域のためにも力を注いでいる。「最近、犯罪の低年齢化が進んでいます。家庭・学校・社会が一体となって取り組まなければなりません。私はお寺を守りながらもボランティアの仕事をさせていただき、公民館や各施設にてみ仏の教えを広めさせていただいております。
今現在、世界で一番不足しているのは心の問題です。相手を理解し、相手の立場に立つ心がなければ世界に平和は訪れないと思います。
『一隅を照らす人は国の宝なり』と申されます。どんなに小さいことでも誠意をもってお役に立つことが大切であり、報恩感謝の気持ちがあれば、犯罪も減り、住み良い社会となりましょう」
(浄土宗新聞平成10年1月号より記載)

寺院情報
寺院番号 26-013
山号 安養山
院号 報土院
寺号 極楽寺
所在地 〒921-8033 石川県金沢市寺町5‐5‐12
TEL 076-241-7093
FAX 076-241-7083