西福寺
寺伝に曰く、「天徳二年醍醐天皇の皇子、空也光勝上人この地を化益のところ、寺門の地に初めて堂宇を建立し、無漏山と号す」爾後約五百年を経て、大永七年秋兵火のために焼失す。続いて天文年間、僧勢音中興し今の地に移り、弘治三年春堂宇を再建成就し、無漏山素呂院西福寺と称し、浄土宗に属す。二代寂譽円廓上人代(慶長年間)後藤又兵衛基次来寺、暫く潜滞す。当寺より大阪城入城の為出帆の折、門前の大石より船に乗る。又潜滞中、基次使用の御膳は寺宝として現在残されている。二十四代棲譽鳳林上人代には山崎弁栄上人巡錫の途中暫く滞在される。その他篤信の信者として、奥清右衛門(私財を擲ち新田開発に取り組み、社会に多大の貢献をした人)の墓も現存している。
寺院情報
| 寺院番号 | 42-022 |
|---|---|
| 山号 | 無漏山 |
| 院号 | 素呂院 |
| 寺号 | 西福寺 |
| 所在地 | 〒824-0018 福岡県行橋市大字今井1823番地 |
| TEL | 0930-22-1321 |
| FAX | 0930-25-7788 |


