無量光寺

無量光寺の由来をたずねるに、その開基は実に後醍醐天皇の御代、建武年間にその源を発している。当国の国造であった伊福吉部第45代宿弥時任なる人が、天皇隠岐島より還幸のみぎり、因幡路よりこれに供奉して都に上り、しばし侍従職として禁裏雲上に侍った。其の間、都の学風と仏道に帰依し、やがて帰郷して弥陀王大夫侍従入道と称し、今の地に仏堂を建立し、専ら余生の全からんことを祈ると共に、地方教化の聖地とした。即ち岩常寺がこれである。(現在もなお字地名として残っている)
爾来、星移り年変わり、寺門の変遷も幾多の曲折を重ねた。天正年間、尼子の士山中鹿之助が久松城と相対峙し、兵乱に災いされたことは地方文化財保護の上にも大いなる被害であった。元和3年(1617)池田光仲公当国の主となるに及んで、人心漸く安寧を得、公の采配により本蓮社善誉存當大和尚を属請して当山再建興隆をはかった。すなわち存當上人は寺門を一新して浄土宗門に帰属し、しかも総本山知恩院の門末として、従来の岩常寺の寺名を山号に替え、本尊阿弥陀仏を勧請安置して、無量光寺と改称、寺門の振興に精魂を注いだ。
以来、2世雲誉上人、3世寂誉上人と伝々相承し、23世恵誉千舟上人に至った。

寺院情報
寺院番号 34-017
山号 岩常山
院号 寿蓮院
寺号 無量光寺
所在地 〒680-0151 鳥取県鳥取市国府町宮下2番地
TEL 0857-23-6758
FAX 0857-23-6758